お役立ちコラム
人が集まる魅力的で新しい店づくり|都心部駅前SCの事例から (後編)
プロパティマネジメント(以下PM)の役割は、お客さまの満足度を高め、不動産の資産価値を 最大限に高めることです。特に商業施設の場合、私たちの“お客さま”はオーナーだけでなく、テナントやテナントで働くスタッフ、来館者など多岐にわたりますが、それぞれの立場の方が満足できるかどうかは、まさにPMの腕にかかっているといえるでしょう。
前回は、コロナ禍真っただ中の2020年初夏に原宿駅前にオープンした「WITH HARAJUKU(以下ウィズ原宿)」が、どのようにしてスタート時の混乱を乗り切ったかをご紹介しました。今回は引き続き、当社首都圏商業担当 鵜木と斉藤の両名に、ウィズ原宿のテナント業務効率化の取り組みやテナントスタッフのES(従業員満足)向上施策などを聞きました。
テナントの価値を向上させる管理と支援
ウィズ原宿は、並木道を表現したパッサージュに沿ってテナントが並んでいます。それぞれの業態も店舗面積も異なり、路面店からなるいわば商店街のようなつくりになっているのです。そのためモール型SC(ショッピングセンター)に比べて各テナントの自由度が高く、営業時間もテナントごとに異なります。例えばスターバックス コーヒーは8:00~22:00 ですが、IKEAは11:00〜21:00(土日祝は10:00〜)。ユニクロは11:00〜21:00(土日祝は10:30〜)ですが、ヨーロッパからのクラフトビールの輸入卸売販売を手掛ける DIG THE LINE DOORSは12:00〜23:00(日祝は〜21:30)といった具合です。
※2023年4月17日現在 (敬称略)
鵜木:「施設全体としてのコアタイムは設定するものの、開店時間や閉店時間は各テナントの状況によって、最適な時間帯に設定しています 。その他テナントの希望する看板やディスプレイは、隣接するテナント間での調整を行ったうえで承認し、商品や食材の搬入出のタイミングやバックヤードの使い方に関してもそれぞれの意見を細かく聞いて調整しました。業態も違えば、店舗の規模や人員もかなりの差があるため、厳しい管理規約でテナントをコントロールするというよりは、できるだけみなさんの営業をバックアップするという姿勢ですね。テナントから意見や要望が寄せられたら、素早く対応するようにしています。 信頼関係を築くには、小さなことの積み重ねが大切だと考えています」
【首都圏商業担当の鵜木】
従業員の共用出入口は1カ所で、防災センターの前に出退勤リストを設置し、テナント従業員の出退勤を管理しています 。ここに詰める警備スタッフ、設備の維持管理を行うスタッフや、館内の衛生を保つ清掃スタッフは専門の協力会社に依頼していますが、原宿という土地柄やウィズ原宿のコンセプトを考慮して「配置していただくのは人当たりのソフトな方が多い」(鵜木)のだとか。
鵜木:「警備・設備・清掃スタッフとして常時館内で働く人たちの年齢は比較的若めで、女性比率は一般的なビルやオフィスに比べても高くしていただいています。来館者が威圧感を感じることなく気軽に話しかけることができる点や、女性でないと立ち入れないエリアへ急行できるという点を考慮すると、いわゆる“裏方”スタッフにおいても、施設に合った人材選びは必要ですね」
【館内で働く設備・警備スタッフ。来館客と接する機会が多い警備スタッフの制服(右)はこの施設のために用意されたおしゃれなもの 。「某テーマパークではありませんが、裏方スタッフもウィズ原宿の世界観をつくる登場人物の1人ですから」(鵜木)】
さらにウィズ原宿では、各種データの活用による業務効率化や売上向上の支援にも力を入れています。
斉藤:「毎日の売上報告や各種申請は、各テナントの端末から送信できるようにしてあります。従来のような、手書きのものを管理事務所に提出する方法だと、スタッフが少ないテナントにとっては本当に負担が大きいし、私たちも管理の手間がかかりますから。施設からテナントへの情報共有としては、館内に設置した人流計測システムによって、入館されたお客さまの性別と年齢層を分析し、時間ごとの客層や人流のデータを共有して、各店舗の営業戦略に役立ててもらっています。例えば、“夕方以降は駅と反対側からの来館が多い”というデータを見てスタンド看板の向きを判断するとか、“平日の午後は男性客が多いけど、週末の日中は小さな子ども連れが多い”というデータをもとに、同じ店でもディスプレイや商品構成を変えるといったことができます」
店舗からの売上データからでは見えてこない「売れたかもしれないモノ、買ったかもしれないヒト」をデータとして目に見える形にする。そして、それを継続的に積み上げていくことで、テナントの施策と来館者のニーズのミスマッチを解消し、次の施策につなげていくというわけです。
また、それまでもなんとなく肌感覚でわかっているものでも、データ化されることで、より具体的な施策が打てるという場合もあります。
鵜木:「イベントがある日は来館者が増えるというのは誰もが感じていることですが、季節によってピークタイムが少しズレたりするんです。日照時間や気温の関係もあるでしょう。そこであるテナントでは、イベントの開始時間を季節で変えてみるのはどうだろうという話が出たそうです」
双方で集約したデータをうまく活用することでテナントの売上が上がれば、この施設に出店している付加価値も高まります。さらにいえば、データ活用は来館者の満足度アップにもつながるのです。原宿駅前という絶好の立地にあるとはいえ、それだけでは競争力たりえない時代。外からの動線をそのまま引き込めるオープン型SCというせっかくの魅力を素通りしやすいというデメリットに落とさないためにも、来館者のニーズをしっかりと把握し、「ここに来れば欲しいものがある。楽しいことがある」という成功体験を次の来店動機につなげていくことが必要です。
「原宿で働く」という魅力を底上げする
来館者への適切なアプローチは、ハード面だけではなく、ソフト面にも求められます。例えば、長く働くスタッフが増えるとサービスの質が担保され、幅広い客層に臨機応変な接客ができるようになります。そのためには、各テナントで働くスタッフが気持ち良く働く環境を整えて離職率を下げることが必要です。若者からファミリー層、年配の方まで、毎日来館される地元の方もいれば観光で初めて来た方もいるといったウィズ原宿の特性上、スタッフが頻繁に入れ替わることのダメージは決して小さくありません。
そこでウィズ原宿では、至近の別のビルに更衣室や休憩所などを設置し、各々のスタッフがゆっくりと休憩時間を過ごせるようにしています。
斉藤:「 大規模テナントは店舗内に休憩室を設けることを検討できますが、小規模テナントではなかなか難しいのが現実です。長時間勤務になりがちな接客業にとっては、休憩時間は大切なエネルギーチャージの時間。職場選びを左右するポイントにもなりかねないので、なるべく施設から近い場所に、リラックスしてもらえる休憩所を設けました」
近隣の飲食店の単価が高くなりがちなことに考慮して、施設内の飲食店に、スタッフ用の割引サービス等を用意してもらうよう働きかけたりもしています。
【自然光が入る明るい休憩室。奥に更衣室やロッカー、トイレなどがある】
また、安心して働いてもらえる環境ということでいえば、従業員とお客さま、お客さま同士のトラブル等が起こった際 、ウィズ原宿では警備スタッフによる定期巡回の他、防災センターで施設内のカメラをモニターしていて、有事にはすぐ駆けつけられる体制となっています。幸い、これまで大きな問題は起こっていませんが、幅広い層が来館する施設だからこそのリスクにはしっかり備えています。
斉藤:「特に原宿は“原宿が好きだから、原宿で働きたい”という想いを持った方が多い街。 そう言った方たちのポテンシャルをいかんなく発揮できるサポートを行うことが、そのまま、施設のポテンシャルアップにもつながると感じています。今後は、テナント横断の交流会など、さらに施設への愛着を高めていただけるような施策も企画中です」 【首都圏商業担当の斉藤】
(一社)日本ショッピングセンター協会(以下、SC協会)が発行する「SC白書2022」によれば、多くのテナントがコロナ禍以前から人材確保の課題を抱えています。コロナ禍当初では休業や移動制限等の影響から相対的にやや解消されたものの、通常営業に戻りつつある今、正規・非正規問わず従業員の採用に苦慮するテナントの悩みが再び増加傾向にあるようです。
SCの場合、厳密に言えばスタッフの確保や待遇の改善は各テナントの管轄です。しかし、施設がサポートすることでテナントの負担減や収益増につながるのであれば、それは施設の利益のための活動に他なりません。また、施設だからこそできる施策もあるでしょう。オーナーだけでなく、関係者全体の利益を考える視点がPMには必要なのです。
今後はさらにその範囲を広げ、エリア全体の価値を底上げできるよう、近隣施設との連携強化に努めていきたいと考えています。「例えば、“オクハラ(奥原宿)”として他の商圏と差異化 できれば、単なる駅前立地にとどまらず、また違った魅力が生まれる」と鵜木は分析。ウィズ原宿はまだまだ成長する可能性を秘めています。